2.



気分としては、三食に惹かれた。
何日食べていないか忘れたぐらい食べていなくて、あの男と対峙したときは既にふらふらだった。
抱え挙げられても抵抗できない。したところで効果はないだろう。
それでも意地を張ってみる。なんだかあいつは怖い奴な気がするのだ。






否。怖いというより――強いのか。






獣同然に生きてきた自分は、どうやら本能的に強いものを察知してしまうらしい。
視界に入る前から確かに存在が分かったし、十二分に緊張感を俺に与えた。

それでも不思議でならないのは、そんな奴の手が酷く優しかったこと。
懐かしいような気もしたけれど、きっとそれは気の所為だろう。

過去にそんな事があったわけもないし、そんな事はあってはならない。
それは今の俺の否定に繋がってしまうから。


精神的にも肉体的にも――身を守る術だけは、有り余るほど知っている。
そうやって生きてきた。そうやって、生きていくのだ。







「蝶々……何ですそれ」








どうやらこの男の知り合いらしい短髪の男は、人を見るなり何気に失礼なことを言った。
しかし無表情は変わらない。終始笑顔な男も胡散臭いけれど、眉一つ動かさないというのもなんとなく胡散臭い。
今更気がついたけれど、二人とも妙な格好だった。胡散臭い上に妙な格好。駄目駄目だ。







「僕の隠し子」
「へえ。それじゃ帰りましょう」
「え、ちょ、つっこんでくれん?」
「興味ねーです。俺には関係もねーです」
「つめたー」







それには返答せず、堂々とした歩調で歩き始めた男。
蝶々と名乗った男もまた、そいつの後を追った。








「お。ごめん、忘れてた」







そう呟くと、男は懐から何かを取り出した。







「何だよ」
「ご飯。食べたら」








怪しい。怪しいことこの上ない。
それでも空腹には勝てない。ありとあらゆる理性は、本能の前に屈服する。
要するに、腹が減って仕方がなかった。







「美味い?」
「不味い」
「やっぱりな」







きっと長時間持ち歩ける用なのだろう、がちがちに固まった食物は、本当に、滅茶苦茶に不味かった。

それでも久しぶりすぎて、がつがつと口に入れる。







「不味い」
「何回も言うな阿呆」
「不味いー」






ああ、畜生。
不味すぎて涙が出てくる。






日もどっぷりと暮れた夜時、見上げた夜空の星は、涙で光を増していた。









* * *












「あんたねえ……なんでもかんでも拾ってくる癖止めなさいよ」
「うん……私も狂犬の意見に賛成だ。他ならともかく、人なんだからね。無責任なのはよくない」





少年を連れ帰ったその日。
当然ながら、和気藹々の歓迎的な雰囲気とは、いかなかった。




「無責任って。これからちゃんと育てるよ?」
「本人もこう言ってますし、もういいんじゃねーですか」
「貴方は早く終わらせたいだけでしょう」
「私も帰りたいなあ。いいじゃんそれで死ぬわけでもあるまいしさあ」






なんだか投げやりになってきた話し合いに、太い男の声が響く。






「強ェのか?」
「強くなるかな。たぶん、潰されんかったら」
「馬鹿野郎。潰されねェなら強くなるの、当たり前だろうが」
「それはそうか」





蝶々は無邪気な笑みを浮かべた。






「……じゃあこうすりゃいいでしょう」





短髪の男が手を挙げる。







「蝶々が不貞なことに外に女囲ってて、あれはその子供っつーことで。隠し子隠し子」
「やからそれは冗談だって――うん。でもまあ、それでええか」






仕方ないというように、一同は席を立つ。
適当な容認だった。







「蝶々は頑固だからなあ」
「いいやんいいやん。普段の行いいいんやから、見逃したって」
「りょーかい」
「恩に着る」






急いで我が家に戻ってみれば。
少年は疲れ果てたように、ぐっすりと眠っていて。
それでも蝶々が近づくと、薄く目を開けた。
気配に敏感なのだろう。






「いい。寝り」






そう言って静かに気配を消すと、少年は安心したようだった。
月光の照らす横顔に、芽生えた感情。







「…………うふふ」






照れ隠しのように、蝶々は笑った。