「う」


小さく漏れた声に聞こえないフリをする。それがどうやら俺の出来る精一杯の気遣いのようだった。
狂犬の表情は変わらない。鉄仮面みたいに固まった顔に、一すじ二すじ痕がついた。


彼女の忍法によって、彼女は随分と長く生きているらしい。
その間に人が、仲間が死ぬ度彼女はこんな顔をしたのだろうか。
愛しいとかいじらしいとかは思わない。ただ浅ましいとか愚かしいとか思うだけだった。


それがしのびなのだから。
それがおれたちなのだから。



「狂犬」
「別に――悲しいわけじゃ、ないわよ」



彼女の言い訳に耳を傾ける。それぐらいしか慰める方法が見つからない。
慰めを必要とする忍者なんて、たぶん彼女が最初で最後だった。



「悔しいだけ、なんだから」



そう言うと顔を隠す。腕の奥に刺青だらけの表情が消える前、見えた口元は無様に歪んでいた。


悔しいのも悲しいのも同じことだ。
たぶん彼女は、あいつが死んだ際に傍に入れなかったことを、助けられなかったことを悔しがっているのだろう。
それは悲しんでいるのと同じこと。
それは、俺の考えているのと同じこと。



泣きたい、なあ。



彼女見たく真庭忍軍の十二頭領としてじゃなく、一人の人間としてあいつの親友として。
端も外聞も見えも矜持も何もなく、泣き叫びたいと思った。
だけれど感情を消すことに慣れすぎたこの身体は、幾ら願おうと一滴の水分すら無駄にさせてくれない。
この無駄のなさの、なんという味気なさ。
涙を流す彼女の方が、余程味気も色気もある。何より人間らしかった。
無理に声を出して、状況の転換を図る。



「悔しいよなあ」



泣きたいのに泣けないことになのか、あいつがここにいないことになのか。
俺にさえ分からないからきっと誰にもわからないんだろうと思った。



(分かってたんだこういう日が来ることぐらい)(でもさ世の中には分かってても期待しちゃうこと、幾らでもあるよね)