「ほら。あそこでわたしを殺したりするから、死んでしまうのですよ」



先に行っていたらしい男は、面白がるようにそういった。






「そりゃ悪かった。どっちにしろあんたは虚刀流に殺されただろうからいいじゃないか」
「わかりませんよ。しのびは長期決戦こそ得意としますからね」
「ふうん。詭弁くさい」




ばっさりと切って捨てた背の高い女に、苦笑しながら男は続ける。




「はっきりいいますね。見た目どおりわたしは繊細なんです。傷つきやすいのですよ」
「あたしは見た目に反してがさつだからさ。勘弁して欲しい」
「ああ……元山賊、でしたか」
「ああ。元山賊」





男はふと、女の手に目をやった。
そこにはなれない外国語でラベルのはられた、酒瓶がある。
男の視線に気がついたように女は言った。





「呑まないかい?」
「そういわれると凄く呑みたいですね――呑みたいですね、呑みたいですね、呑みたいですね」
「なら呑みたまえよ」






がん、と地面らしきところにそれを置いて自分は傍に座る。
男もそれに倣って、正面に座った。





「あんた随分お上品な口利くけど、酒瓶のまま呑めないってことはないだろう?」
「主義ではありませんが、出来るか否かと好むか否かは別物ですから」




そう言って、酒瓶を持って口をつけて。
ぐいっと呑んで、直ぐにむせた。






「ゲホ……辛いというか痛いんですが。いや……熱いんですか?」
「多分そのうち甘くなると思うよ」
「あなたわたしに一体なんの恨みがあるんです」






男の手が、差してあった刀に伸びた。





「そう怒りなさんなよ」
「怒りますよ。妙なもの呑ませられましたからね」
「あたしは嘘は言ってないよ。それは酒だよ……聞いたことないかい? スピリタスと言う」
「す、スピリタス」




聞いた事はあったらしい。大げさによろけてみせる男。





「そんな厄介な代物をどうして持ってくるのですか。これでは煙草も吸えません――」
「あたしはこれぐらい呑めるのさ。感謝して欲しいぐらいだ。まだまだ高いんだよ? 洋酒は。それに」





女は飄々と言う。







「あんたには少し嫌なこと思い出されたからね。仕返しだよ」
「嫌なこと?」
「殺す理由なんか聞く奴は、はじめっから殺さなきゃいいってあれさ」




遠くを見るような目付きで呟いた。





「正論吐く奴は、嫌いだ」
「ふむ。世の中正しければ上手くいくというわけではないですからね」





もう酒が呑めない事を察したのか、男はふらりと立ち上がる。








「さて、ではそろそろ行きましょう」
「もう行くのか。寂しいね」
「殺した殺された同士で話してるというのも、中々滑稽ですからね」
「そう? 昨日の敵は今日の友じゃないか」
「今日の友は明日の敵でしょう――それに、仲間が先に居るので」
「あんた友達少なそうだね。あたしが言えたことじゃないけど――」
「失礼ですねえ……まあ、友達と言うには少し特殊な連中ですが」






「あんたは何のために殺すんだ」







最後の挨拶のように、何気なく呟いた。








「楽しいからですよ」
「本当に?」
「仲間のためだ――なんて格好良い台詞は、正義の味方にとっておきましょう」





そういう男は、少しだけ照れたように笑った。





「じゃあ、金のためだってことにしとこうか」
「それは嬉しいですね。嬉しいですね、嬉しいですね、嬉しいですね――」









「じゃあね」
「それでは」




そうして二人は、別れた。











(迷いながらも戦える君を、少しだけ恐ろしく思った)(迷いなく戦えるあいつが、少しだけ怖くなった)