何だか地に足が着かぬような、そんな心地になる。
理由はよくわからない、足元から突き上げるような、快楽に似た歓喜。
それがあんまりにも強い物だから、思わず地に座り込んでしまった。
背筋が伸びるような、踊りだしたいような叫びだしたいような、気持ち。
しかしそのどちらもせず、ただ床に座り込む。




「……大丈夫か?」
「大丈夫です」






不自然でない程度に即答すると、男は小首を傾げた。
言葉の真意を測っているのかも知れなかった。




「偽善者」
「それはねえだろうが」
「思いついたから言っただけです」
「流れ的に見て俺に言ったとしか思えねえよ……」
「知りませんよ、そんなこと――まあ」



確かに貴方に言ったのですけれどと言うと、男は渋い顔をする。



痛快だった。

愉快では、なかったが。





「……まあ、善人って言われるより偽善者の方がいいか」
「腐ってもまにわにですものね」
「別にまだ腐ってねえよ! 後まにわにって言うな」







角度が変わり、逆光。
表情が見えなくなる。






「あの日――確かに世界は、私を救ったのですよ」
「……そりゃ傲慢だな。欺瞞なのかも――知れねえけど」
「そう思いますか」
「当たり前だ。世界は人を救ったりしねえよ」




愛する事はあっても、救ったりはしない。
憎む事はあっても、邪魔立てはしない。

世界は受動の上にある。
救われたと感じたのなら、



「それはあんたが勝手に救われただけだろ」
「……そうかも、知れません」






それでもあの日の空はこんな風でしたと言うと、男はつられて空を見上げた。
雲の隙間から日の差し込む、空だった。




「ふうん」



あの日ってのはそれ、弟が生まれたときか?
それとも、父親が死んだときか。





そんな風に何気なく聞いてくるものだから、思わず正直に答えてしまった。





「はずれです」
「ふうん?」





そういいながら男は、いつまで経っても立ち上がらない私の手を引いて立たせた。



「……偽善者」
「それでいいぜ、別に」