「可哀相な子」


その日もまた、母はいつもの台詞をいつものように言った。
蔑みの視線のおまけつき。
その頃は既に母は弟を身ごもっていたから、精神状態は何時にもまして不安定だったのかもしれない。
そんな風な、顔をしていた。




母親。
鑢みぎり。





「変なことをいうのね――」




対する自分はにこりともせず、母に向かい合って呟く。





「同情って、強いものが弱いものにするものでしょう?」
「………………」





母は蔑みを嫌悪に変えて、手を振り上げた。
叩こうとしたのだろう、私相手に気丈なことだ。
しかしその手は、父親に止められた。





自分を置いて連れ立って歩きだした二人、母親だけが振り返って、




「あんたなんて死ねばいいのに」





呪いの言葉を吐き捨てた。



殺してやるでもなく、殺したいでもなく、死ねばいいのに。
遠まわしな隔絶の言葉は、胸に響くわけでもなく蓄積される。




「……可愛らしいことね」






可愛らしくて、可哀相。
いじらしくて、いじましい。
総括すると、惨めだった。




負け犬の遠吠えみたい。
だけど、勝ち負けで言うなら自分は負けている。
間違いなく、どうしようもなく。






初代、鑢一根から六代、鑢六枝へ。
七代目が自分ではないことは、わかっていた。


弟か、妹か。わかりはしないがどちらかが生まれる。
彼か彼女が、虚刀流を継ぐのだろう。




自分だって、刀なのに。
愛など欲しいわけでもなく、必要とされたかったわけでもないが――少し悔しかった。






母親は――大嫌いだけれど。
そうは言っても父親は――例えそれが、化物の恐怖をより感じられるが故の恐れから来る物でも――優しかったから。

時が来て、自分を殺せるとしたら間違いなく父親だろうが、それでも今、鑢六枝は父親だった。
自分は子供とは言いがたかったが、鑢六枝は父親だった。






「七花――」







まだ見ぬ肉親の名を、呼ぶ。
咲かずに熟してしまった自分の変わり、咲いて散るために生まれる弟――或いは、妹。




憎んでもいいはずだった。
だけど、何となく、愛しい気がした。




心を置いて、死ねるような。
心置きなく、殺してくれるような。





希望だったのかもしれない。
よしんば希望でなかったところで――期待では、あったのだろう。





咳が出た。
全身が、痛い。




「八代目は、八枯とでも言うのかしら」





根から育って実が熟し――花が咲いた、その時。
虚刀流はどうなるのだろう。
生まれてくる肉親は、虚刀流をどうするのだろう。










「早く、生まれて来なさいな――七花」






死ぬ前には見たい――新しい家族を。
死ぬまで見ていたい――刀の行く末を。






早く。

もっと早く。

早く早く。

ずっと早く。

早く早く早く――






この実が腐る前に、早く。








(まだ見ぬ君を思って唄う)(挽歌であっても構わなかった)