綺麗だと思った事は覚えている。 呑まれそうだとも思った。 しかし、何処で失敗したというのだろう。 「真庭蟷螂さん」 「……何だ、鑢七実」 「わたし、貴方のこと、とてもとても」 どうでもいいと思っています、と女は言った。 「そうか」 「ええ」 「わたしは、ぬしのことが少し」 嫌いだ、と男は言った。 言われて女は嬉しそうだった。 言って男は面倒そうだった。 「優しいんですね」 「何がだ」 「聞いていいのですか」 「……いや、遠慮しておこう」 「なら撤回してくださいます?」 「なんでもない、忘れてくれ」 「嫌です」 くすくすと、似合わない微笑を浮かべる女。 それからふと表情を変えて吐いた溜息の方は、良く似合っている。 「こんな私を少ししか嫌いじゃないなんて、優しいんですね」 その言い方には少しの卑下も無く、かといって逃げがあるわけでもなく。 誇っている様でもあり、しかし淡々と事実を述べているようにも聞こえた。 「……別に」 「その返答、子供みたいですよ」 七花が話を誤魔化す時、良く言ってました。 女は少しだけ優しい表情をする。 そうして、男の短い髪に触れた。 「……何がしたい」 「少し、思い出に浸ってみたりして」 女は楽しそうだった。 だから何も言わなかった。 綺麗だと思った事は覚えている。 呑まれそうだとも思った。 しかし、何処で失敗したというのだろう。 「――――」 「? どうかされました?」 何だ、初めからか。 とっくの昔に呑まれている――気付かなかったと、ただそれだけで。 (思考はいつでも同道巡る)(何故なら答えは出てしまっているからだ) |