この歌声が余りにも美しく自分を縛るものだから、きっと自分はもう駄目なのだとふと考えたのだ。
それは歌声と同じ、綺麗過ぎる責任転嫁。



「お前、歌だけは上手いよなあ」
「だけというのが気になりますが、とりあえずありがとうございます」




舞台役者のように大げさに礼をされた。鬱陶しい髪の毛が僅かに乱れて、狂気染みた瞳が覗く。
いつも前髪で隠れているそれが見えたことで、ふと分からなくなった。



どうしてこいつは忍者の癖に、どうしておれは忍者の癖に、のんびりとぼんやりと平和ボケて暮らしているのか。
如何見たって喰鮫の瞳は殺したい殺したいと叫んでいるそれなのに、奴の口は人を喰う代わりに歌を歌った。





馬鹿みたいだ。






おれの半生は最早語るべくもなく、しのびとして真庭の忍者として生きてきているだけだったのに。
単純で殺伐として、楽しいかは分からないけどまあまあ楽な暮らし。
そんな風に懐古する。追憶にはまだ歳が浅すぎる気がするのだが、分からなかった。

目の前の男は何がいいのか、殺す欲求を殺すことになれてしまったのか楽しそうに言う。






「いいですねえ、いいですねえ、いいですねえ――いいですねえ」
「分かった分かった。お前喋るとうぜえから歌ってろ」
「酷いですねえ、本当」






言いながらも男は歌を歌った。元々声が高いから良く透るし、上手い具合に美しいと思った。






「幸せ、ってのがわかんねえなあ」







唇だけで呟いたおれの囁きは、男の歌の前に敗北した。
仕方がないと再び、責任転嫁。とりあえず声に耳を澄ます。
思考さえも放棄させるような、至高の響きを耳に残そうと思ったのだ。



少なくとも、今だけは





(こんな滑稽な図、おれは見たことねえよ)(その滑稽さが平和なのだと、気付いたのは随分後で)