01 覚醒剤的ララバイ(否+とが) 「あ・り・が・と・う」 心底嫌そうな顔で、心底不機嫌そうに、奇策士は言った。 「これで満足か」 「本当に言うなんて思わなかった」 心底楽しそうな顔で、心底愉快そうに、否定姫は笑う。 「貴様が言わせたのだろう!」 「ええそうよ。私が何で言わせたかったか分かってるかしら?」 「嫌がらせだろう」 「違う」 とりあえず否定しておいて、続ける否定姫。 「あんたのお礼なんか、気持ち悪くて受け取れないと言いたかったのよ」 「貴様は本当に不愉快な女だな! というかそれは嫌がらせだ!」 「そう叫ばないでよ。あはは、死人に口無しって嘘だったのね」 「死人とか言うでない!」 「へんじがない ただのしかばねのようだ」 「……? 何だそれは」 「あ、やっぱりわからないわよね。いいんだけど」 「……何がしたいのだ」 「お別れがしたかったのよ」 「嘘を吐け」 「否定するわ。嘘じゃない」 あんたの生き方はどう足掻いたって私には理解できないしする気もないし最低で最悪で馬鹿で間抜けで愚かさの上に愚かさを重ねた物だったと私は思うわ。 別れの挨拶と言うより侮辱の言葉だった。 「……不愉快だ」 「あはは、あんた程じゃないわよ――飛騨容赦姫」 「そんな名はもういい。とがめだ」 「ああそう、奇策士とがめ。最後まで私と反対で、正反対で逆様で、肯定して肯定して肯定しまくった不愉快な女。その認識を否定はしないけれど、でも一つだけいえる事がある」 「何だ」 「否定すら肯定しなければならないって矛盾を孕んだあんたの生き方は、楽しかったわ」 その言葉に奇策士が返答しかねていると――馬鹿にしているのか褒めているのかわからなかったことが大きい――否定姫はゆっくりと手を振った。 「それじゃ」 「……ああ」 だから返答など求めていないのだろうと、奇策士が憮然と言い返したとき。 「ちぇりおー」 「嫌味たらしく正しい使い方をするでないわ!」 それでも最後まで否定姫はにこやかに(意地悪そうに)笑う物だから、その体に迷いなく「ちぇりおぉお!」と本家本元のつきをお見舞いしたのだった。 勿論避けられた。 (子守唄で目を覚ます)(それって一体どんな矛盾で?) 02 正義は赤だと思ってたのに(潤+真) 「潤ー。潤ー」 「んあ。何だよ真心」 「もしかしてさ、正義のヒーローのマントって血で染まってんのかな」 そう呟いた、橙色の髪を持つ少女の手には冊子。 鮮やかに彩られたその冊子の表紙には、大きくマントの男の姿が描かれている。 典型的なアメコミだった。 「そういう解釈もありかもな。ただ普通、血はそこまで綺麗に赤くなんねえだろ」 「そうなのか?」 「そうだよ」 「じゃあ何で赤いんだろうな? 俺様わかんないぞ」 「うんうん。じゃあ潤おねーさんが優しく教えてあげよう」 「うん」 「何故ヒーローのマントが赤いのか?」 「うんうん」 「あたしの真似したからに決まってんだろうが!」 言って何に腹が立ったのか、赤色は少女の持っていたアメコミを取りあげゴミ箱に全力投球した。 元は彼女の持ち物なのだがお構いなかった。 「何か潤の血って真っ赤そうだぞ」 「あたりきさ。あたしは純潔の最強だからな」 03 ガルゲンフモール(七とが) 赤い視界。黒い人影。 座っている。立っている。 殺された。殺した。 「っ!」 目が覚めた。布団の中だ。ここは宿。 隣からは寝息。七花だ。鑢七花。虚刀流現当主。 あの男の息子。 わかっている。 「し、七花」 「とがめ……?」 寝ぼけたような声――否、本当に寝ぼけているのだろう。 七花は薄く目を開けて、こちらを見た。 「そなたは、わたしの命令を聞くのだな」 「ん……? 当たり前だろ……何、ってんだ……とがめ」 「何でも聞くのか」 「おれは、あんたの……刀だ」 「わたしが死ねと言えば死ぬのか」 「死ぬよ」 それから聞こえづらい言葉をむにゃむにゃと呟いて、再び男は寝ようとしている。 「とがめ――死んで、欲しいのか?」 「たわけ。冗談に決まっている、」 それでも何だか悲しくなって、身を寄せる。 殺すのか殺されるのか―― 再び眠りについた男の顔を見て、己も目を瞑った。 (それでも瞼の裏に浮かぶのは、) 04 前髪と後ろ髪(蟷蝶) 「こういう事はな、蟷螂どの。好きな相手にするもんなんだぜ」 「わたしはぬしの事が好きだが」 「そういうのじゃなくてだな」 「ぬしはわたしが嫌いか?」 「いやそりゃ好きなんだけど、さ」 密着している体。 前に居る蝶々を抱え込むような格好の蟷螂。 要するに抱きついているのである。 蝶々の髪に頬ずりをするような形で。 「そういう好きじゃなくてだな……なんていうか、ほら、恋人同士がするもんだろ?」 「なら、なれば良いのではないか?」 蝶々が溜息を吐くと、蟷螂は抱きしめる腕を強くした。 絡めるような形で、密着度が上がる。 「何っつーか、な」 「わたしはぬしが好きだ。ぬしもわたしが好きなのだろう?」 「まあ、そうだけど」 「なら良いだろう」 「んー」 しばらく考え込むような間があって、結局「まいっか、」と蝶々は現状を諦めた。 (悪気はないのだろうと君は思う)(好意しかないと知ってどう思う) 05 愛されたワールドフォビア(僕友) 世界が嫌いだ。世界が憎い。世界が疎ましい。世界なんていらない。 世界が怖い。 びくびくと、部屋の隅に固まって閉じこもる事が出来なかったぼく。 ぼくは結局、びくびくと怯えながら、心の隅に固まって閉じこもった。 逃避ではない。 逃げる場所なんか無い。 ただ、避難ではあった。 避難場所に引きこもった。 怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて。 「いーちゃん」 そしてその臆病な心ごと、ぼくは崩壊する。 彼女は世界を愛している。 何故なら彼女にとっての世界は、ぼくだから。 彼女は僕を愛しているのだ。 ぼくにとっての世界は彼女だ。 彼女が嫌いだ。彼女が憎い。彼女が疎ましい。彼女なんていらない。 彼女が怖い。 それでも彼女は、世界だ。 (幾ら憎んでも世界はぼくを愛し続ける) 06 お前が先に言ったんだろうが(現代蟷七) 「ここに二枚の映画のチケットがあります」 まるで教師が生徒に出題をするような口調で、女はそう言った。 言葉の通り、机の上にはチケットが二枚並んでいる。 数年前ベストセラーになった推理小説を映画化した新作の物であるようだ。 原作は読んだことがある。 確か女も読んでいた筈だ――と、そう思った。 「それが?」 「ここに二枚の映画のチケットがあります」 「…………」 「買いませんか?」 目が光っている。 「……買おう。幾らだ」 「四千円頂きます」 「高くないか」 「諸々の経費が掛かっていますから」 誰も買ってきて欲しいなどと言った覚えはないのだが。 そう思いながらも財布から千円札を四枚取り出して女に渡す。 女はかわりにチケットを差し出した。 受け取ろうとするが、女の手が離れない。 「? どうした?」 「ここに二枚の映画のチケットがあります」 「知っている」 「ここに二人の人間が居ます」 「……?」 「ここに女が一人男が一人居ます」 しばらく沈黙があった。 「……一緒に見にいかないか」 「そう言うなら、見に行ってあげないこともありません」 (……まあ、いいんだけど、ね) 07 メメント・モリ(左否) 「しかし本当、心の底から、生き残るのが私で良かったわよね」 「それは右衛門左衛門とあんたとで、か?」 「もちろん」 「本当、あいつよくあんたについて来たよな……そこは逆じゃねえのか?」 「逆? 逆ね」 金髪の女は考え込むような仕草をした。 「何で死んじゃったのよ右衛門左衛門っあんたが死ぬぐらいだったら私が死んだほうが良かったのに! みたいな?」 「みたいなって言うな……」 「だってそんな事言いたくなかったんだもの」 平然と言い切って、更に続ける。 「私思うんだけど、自分が死んだほうがいいって言うならその場で死ねばいいと思わない?」 「過激だな……そこは……やっぱ、自分が死んでも相手は喜ばない、とか思うんじゃないのか?」 「ふうん。昔よりは物を考えるようになったのね」 「そんなこと言われるほどあんたとは昔から旅してないんだが」 「あの不愉快な女の報告書なら一字一句漏らさず読んでるわ」 「一体俺はとがめの報告書にどんな風に書かれてたんだ……?」 女は笑って答えない。 男も深くは聞かなかった。 「でもま、まだまだよね。相手の喜びの為に死なない? そんなの、徹頭徹尾、粉骨砕身否定する」 「粉骨砕身て」 「それってただ単に死ぬのが怖くて、その言い訳を相手に押し付けただけだと断言するわ」 計算で出来た悪意は楽しいのだけど、天然産純度十割で悪気の無い言葉って嫌いなのよね。 女は否定する。 「だから私は断言する。生き残ったのが私で良かったわ。それにね、七花君。きっとあいつだって、自分が生き残るより私に生き残って欲しかったはずよ」 「すげえ自信だな……」 「いい子ぶって自分のことしか考えない事実からかけ離れた謙遜なんてしないのよ、私は」 「でもさ、それ」 「何?」 要するに右衛門左衛門、悲しませたくないって事でいいのか? 男の問いかけに、女は笑って答えた。 08 イスカリオテのユダ(喰蝶) 「裏切りは口付けから始めるべきだとは思いませんか」 「……そもそも裏切り自体、始めるべきじゃねえだろ」 「つまらない事を言わないで下さいよ……例えばの話です、例えば」 「例えばね……いや、どっちにしろ意味わからねえよ」 「意味などありません。ただそうであったら美しいなあと思っただけの話です」 「美しいね……はは。微妙な言葉だな」 「そうですか?」 「おれはそう思うってだけだけどな」 蝶々の首に軽く手をかける喰鮫。 そしてそのまま、軽く口付けた。 「……おい。さっきのは伏線だったのか?」 「違いますよ。確かにわたしは貴方を裏切りまくっていますが」 「いや、そんな事ないぜ?」 そもそも期待してねえから、と蝶々は言った。 「あははは」 「あははは」 渇いた笑いが二人分、それから軽く乱闘のような音が立つ。 「何で押し倒そうとすんだよっ」 「可愛くない事を言うからです」 「可愛さとか求めてんじゃねえ!」 (キスから始まる崩壊がある)(裏切り者は結局、死んでしまうのだけれど!) 09 君に僕を証明できますか?(鳳狂) 「狂犬」 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ」 「おぬしの方が余程うるさい」 「うるさい!」 「何をそんなに怒っている」 「怒ってないわ」 「なら、何がそんなに不安なのだ」 「るっさい!」 裏拳が炸裂した。 男は避けなかった。 激昂が肯定である事に、女は気付かない。 気付いた男は女を止める。 止めてそのまま、抱きしめる。 「安心しろ」 「うるさい」 「おぬしは真庭狂犬だ」 「知ってるわよ」 その声は僅かに湿っているようだった。 10 トリップスキップジャンプ!(反転鴛蝶学生パラレル) 真庭蝶々は可愛いと思う。 小柄な体躯、よく笑う顔、快活で、人の良い性格。 十中八九どころか十中十、可愛いと思う。 視界にその当人を入れながら、鴛鴦はそう思考する。 学校からの帰り道で、会話はなかった。 彼女は拳法を習っている。 習っているから、大丈夫だとよく言う。 言うけれど、その度自分は所詮は女の力だと言い返す。 言い返すと、彼女は悲しそうに笑う。 別段強くなる必要はないのだ、自分が守るのだから。 その言葉は浮かべど、言えた試しがない。 彼女をいかにして守るかと思考してみる。 まず思いつくのは、彼女と自分以外を全部殺してしまうこと。 どだい無理だと分かっていたが、結局は妄想なので構わない。 でも例え可能でも、そんな事をすると彼女が悲しむだろうから、やらない。 或いは、彼女を閉じ込めておくという事。 世界に二人きりにするのではなく、二人きりの世界を作る方策だ。 ただ、閉じ込められた先で彼女が尚笑うかと言えばそれは少し疑問だった。 笑わなくても彼女だけれど、笑わない彼女が幸せかと言うとわからなくて、だから嫌。 だから結局現実的な解決策として、自分は彼女と登下校を共にする、とか――そんな事しか出来ないのだが。 「蝶々」 小さな声で呼んでみる。 車の音が煩い街中で、それでも彼女は自分の声を聞き取る。 低い位置から顔がこちらに向いて、少しはにかんだ笑顔。 「鴛鴦?」 自由に空間を舞う蝶を、虫籠におさめてしまうこと。 それだけでは尚飽き足らず、殺して標本にしてしまうこと。 それを単に残酷だとか、無為だというつもりはない。 行為によって、美しさは手に入るだろう。 だけど、自分が手に入れたいのはそんなものじゃない。 「…………」 黙って手を伸ばすと、蝶はその指に軽やかに止まる。 だから自分は、羽を手折ってしまわぬ用、優しくその手を握るのだ。 (だいすきだよ、) |