Who is this? 3.

「私、阿良々木君とならどんな段階に進んでもいいと思ってるわ」
「戦場ヶ原……」
「ええ、だから――」

ゆっくり間をおいて、戦場ヶ原ひたぎは言う。


「――離婚しましょう」
「まだ結婚もしてねえよ!」

段階飛ばしてんじゃねえか、と阿良々木暦のつっこみが響いた。


「二人とも、そーいう話は私がいない所の方がいいのではないか……?」
「あら、駿河は私と阿良々木君の子がみたくないの?」
「戦場ヶ原先輩と……阿良々木先輩の……こども……」
「おい、恍惚とした顔で微笑むな! 何をする気だ!」
「む。ついむらっとしたぞ」
「むらっとか言うな! 変な対象としてみるな!」
「ふふふ、これで私にもチャンスが巡ってくるという事だな!」
「戦場ヶ原! 止めろこいつを!」
「あら阿良々木君の分際で私に意見するつもり「すいませんでした!」

残像が見えそうな程すばやい謝罪である。
その様子を微笑ましそうに見て、駿河は笑った。

「しかしとんとん拍子に話が進んで喜ばしい限りだぞ。戦場ヶ原先輩は仕事をやめるのか?」
「阿良々木君が辞めるわよ」
「そうなのか!?」
「不満なのかしら?」
「不満っつーか……」

お前に養われると僕本当に駄目な奴っぽくないか? と阿良々木暦。
本当に、本当に駄目な奴じゃない阿良々木君は、と戦場ヶ原ひたぎ。

「……そう……ですか……」
「落ち込まないでよ阿良々木君、鬱陶しいから」
「鬱陶しいとか言われた……これから妻になる女に鬱陶しいとか……」
「私が貴方の妻になる? それは間違ってるわ、阿良々木君」

貴方が私の夫になるのよ、と言って戦場ヶ原ひたぎは微笑む。


「さすが戦場ヶ原先輩だ! 素敵だぞ!」
「おい神原! お前のその反応はおかしいぞ!」
「何がおかしいものか阿良々木先輩、戦場ヶ原先輩はそれはそれは素晴らしい先輩なのだ! 言う言葉一つ一つに含蓄があるのも当然というものだ!」
「確かに含蓄はあるけどさあ! 鬼畜的な意味で!」
「阿良々木君、私の可愛い後輩にたてつくのはやめてくれない?」
「もう嫌だこのヴァルハラコンビ!」
「むう。そういえばそのコンビ名はそろそろ使えなくなるな」

駿河は感慨深そうに呟いた。

「いいえ、今度からはヴァルハラトリオと呼ばれるのよ」
「ああ、僕が婿に入るって意味ね……別にいいけどさあ……」
「うーむまあ本人達の問題だから余り口出しはしないが、実権は戦場ヶ原先輩が握るわけだし、せめて名前ぐらいは阿良々木先輩に明け渡してもいいのではないか?」
「神原、それ僕の後押しをしてるようで一番僕を傷つけてるからな」
「だって神原、阿良々木ひたぎだと『ぎ』が最後で被るのよ」
「押韻っぽくて格好いいぞ戦場ヶ原先輩!」
「それはそうだけど認めるのがしゃくだわ」
「認めるのがしゃくとか言うな!」
「でも阿良々木先輩が戦場ヶ原暦だと名前負けだぞ」
「まあ、私にも負け妹にも負け自分にも負ける阿良々木君は、自分の名前にすら負けてしまうのね」
「そのうち泣くからな、僕」


「まあ、私が家庭に入ろうが、私の名字が変ろうが、それはどうでも良いのだけれど」

どちらでも良いのだけれど、と戦場ヶ原は呟く。


「家族が増えるというのは、余り悪い気分でも、ないわ」
「戦場ヶ原――」
「これで神原がうちの養子に入るという計画も遂行しやすくなったわ」
「一体どこでそんな恐ろしい計画が!?」
「養子は別に今じゃなくていいぞ、戦場ヶ原先輩。先輩達の子供を貰うからな!」
「女の子が生まれますように! って駄目だどっちにしろこいつの場合は駄目だ!」
「あいあむおーるまいてぃ!」
「誇らしげに微笑むな! 指立てんな!」

とにかくおめでとう、と笑う駿河。


「家族はいい物だ。多分、すっごくいい物だと思うぞ!」
「――そうね」


貴方も家族に入れてあげなくもないのよ。
戦場ヶ原ひたぎは無表情に言う。
阿良々木暦が反対する様子も――ない。

「本当にありがたいが遠慮しておく。お二人の甘い新婚生活を邪魔はしない」
「いやあ、新婚生活、物凄いきつそうだから寧ろ一緒にいてほしいんだが……」
「あら、阿良々木君は私が愛しい愛しい阿良々木君にそんな酷い事をすると思っているのかしら?」
「お前なら何をしてもおかしくないと思ってるぜ……」
「そして何をしても許してくれるのよね阿良々木君」
「惚れたもん負けだよなー」

「それだとお二人の勝負はドローだな!」

駿河の言葉を否定しようとした阿良々木暦を、戦場ヶ原は静かに制した。

「ええ。だって私も心底阿良々木君に惚れてるもの」
「っ」
「だからこれからは、延長戦よ」

静かに宣言してから戦場ヶ原は、何故か神原の頭を撫でる。
優しそうに、母のように姉のように、友のように先輩のように、撫でる。
その上に――阿良々木暦も手を重ねた。

「これじゃ、私が子供みたいだぞお二人とも――」
「子供でもいいじゃないの」

私達の子供、落とす気なんでしょ、と戦場ヶ原がいう。

「貴方如きに落とせるとも思わないけれど、挑戦権ぐらいは認めるわ」
「嫁姑抗争は少なくてすみそうだな」



神原駿河は。

戦場ヶ原ひたぎに恋した青春時代を送り。
阿良々木暦を愛した青春時代を送り。
この二人の事が本当に大好きで。
だから結婚の事は本当に嬉しくて。
本当に幸せになって欲しくって。
だからこそ――胸の奥に一抹の切なさが残る。

かつて恋をした人達が――自分以外と幸せになる事が。
切なさを煽り。
取り残されたような―ー気持ちにすらなる。

それに気づいているかのように、二人は駿河に笑いかけた。
誰もお前なんか置いていかないとばかりに。


だから駿河は思わず泣きそうになっていて――



――そんな駿河を、私は抱きしめる。



「え――?」


一瞬振り駆る駿河の瞳に、私の姿は映らない。


「どうした? 神原」
「いや、今、何か――暖かい、感触が」
「――――」


家族よ、と戦場ヶ原は言い切る。
それは見当外れの言葉のようで――事実を正に射抜いている。
何かを見た訳でも、あるまいに。


その言葉に神原駿河は――私の娘は顔をくしゃくしゃにして、二人に抱きついた。


ああもう大丈夫。
それはもう、本当に清々しい心地だった。
家族は素敵な響きだと思った本当に嬉しかった幸せになればいいと思ったでも悲しくて切なくて張り裂けそうで死にそうだったでも全部なくなった、

何故か家族の事を、思い出した。