はじめてのおつかい3.
ありがとうございましたーという声を背にスーパーを出た。 曲識は感慨深そうに呟く。 「……舞織、僕は人からあんな無条件に感謝されたのは初めてだ」 「曲識さん……いや、いいです」 諦めたように呟く舞織が持っているビニール袋。 それを受け取るのを一種の切欠にして、曲識はあっさりと、舞織の手を離した。 さりげなくて、きっと彼自身何も考えていないだろう行動――しかしまるで気遣うような行動に――舞織は、少しだけ面食らったような顔をする。 この兄にまさかそんな芸当が出来るなどとは、思いもよらなかったのだろう。 少しばかりの照れをごまかすように、彼女は聞いた。 「そういえば、前から気になってたんですけどー」 「何だ」 「曲識さんって菜食主義者なんじゃないんですか?」 「ああ、僕は禁欲主義者だ」 それが、と曲識がたずねると、舞織は無言でビニール袋を指差す。 中には、一瞬にして家中を大混乱に陥れるカレーの材料が入っている。 「カレーの材料だ」 「いや、肉、食べてんじゃん」 きょとん、とした曲識は、それから納得したように頷き、言葉を探すようにしてから―― 「悪くない」 と言った。 舞織は軽く頬を膨らませる。 「説明になってませんよう」 「悪くない。それで十分だ」 それに、と曲識は呟く。 「自分のルールに何処までも忠実であろうとするなら、お前はもう死んでいる」 「……そんなジャンプ風に格好いい事言われても……」 大体死にませんよう、と言う舞織。 「何故?」 「何故って」 はあ、というわざとらしい溜息。 赤いニット帽を目を隠すようにずらし、舞織は言う。 「家族だからですようっ」 「ああ」 間の抜けた声で応対した曲識にぷい、と顔を背けると、彼の開いている方の手を舞織は何気なく掴んだ。 まるで兄妹のように、違和感無く。 「帰りますよ。――曲識さん」 「……悪くない」 帰ろう、舞織。 寒空の下の体温を噛み締めるように手を握り、二人は――二人の兄妹は、並んで歩いていく。 それはとても普通で――とてもしあわせそうな――光景で。 彼らは普通ではないものの――確かに、幸せなのだった。 |