「ねえ、なっちゃん」
「何でしょうか死線」
「死んでよ」
「どのような死に方がお好みですか」


蒼色は笑う。目を細めて蔑むように笑う。人工的な部屋に天然の彼女。自然のもたらした最上にして孤高の美。無数のコードとディスプレイに埋め尽くされた部屋の中でただただ神々とただただ煌々と王者は君臨する。嗚呼。嗚呼、嗚呼、嗚呼! 湧き上がる歓喜を抑えきる事は不可能だった。どうしようもなくどうしようもない存在を目にしたときに、人のとる行動はただ一つで、その一つしかとることは許されない。即ち、跪け。脆弱な自尊心や事故など本物の前には零に帰する他はない。軍団の連中と他の人間とをわける一番の点は、彼女が彼女足りえることに気付いてしまったことだ。それが幸せなのか不幸なのかなどと問うことは既に空しく、ただ自分は彼女と同じ場所にいて同じ空気を一秒でも吸えたことに感謝しながら生き、そして死ぬ。その最後の死と言う行為が、彼女からの命令であったならばどんなに素晴らしいことか。きっと、絶対に彼女は自身のことなど、自分達のことなど直ぐに忘れてしまうに違いない。そして完全無欠であり全てが欠落している彼女が何かの存在を忘れるという事は、意図的に無意識下に置くことに他ならない。それは余りにも激しすぎる拒絶で、しかしそんなことは関係がなかった。ただ彼女の為に。それが最早生きる原因で結果で、理由であり手段。それを知っている彼女は嘲りの笑みを一通り浮かべ終わると、こともなげに言った。


「今の話じゃないんだよ。なっちゃんが死ぬ時はさ、なるべく苦しんで、なるべく無残に、なるべく情けなく、なるべく惨めに」
「………………」
「私の目の前でもがいて死んでよ」
「わかりました」
「気持ち悪いね」


がん、と肉体同士が接触する鈍い音が響き、同時にぶつかった骨にも振動が響いた。蹴られたのだと理解するまでは酷く素早く、その間に自分が少しも揺るがなかったことだけが酷く誇りだった。目の前に、黒いコートから伸びる白く小さな足が晒される。嗚呼、美しい。自然と舐めるような視線になってしまったのだろうか、彼女は楽しそうに足を揺らした。




「しゃぶって」
「……失礼します」



断りを入れて口に含む。人間の体特有のどこかが腐敗したような味などしない、ただ甘美で麻痺しそうになる、媚薬にも似た感覚が舌を伝って神経中に広がった。顔を上げることなど出来ない。下賎の民が王に平伏すのは決して命令されたからではないのだ。彼らは知っている。自分とそれは決して同じ人間などではなく、命の価値は平等などではないのだと。そして、自分もまた知っていた。彼女の命に比べれば、自分の命など比べるのもおこがましいほど卑小だ。
彼女の見下したような、快楽を誘う視線を全身で受け止め、その顔を思い浮かべるだけで、思わず倒れそうになった。