「式岸」
「ん? なんだ滋賀井」
「呑みに行かないか」


背中で聞いていた言葉を、直ぐに正面から受け止めた。
見れば《屍》は、随分と彼女らしからぬ表情をしている。
射抜くような見透かすような、強い視線が少しもない。


「なんで俺なんだ」
「綾南は未成年だし日中は性格が悪いし兎吊木は変態だし梧轟は」
「わかった言わせて悪かった」


真面目に落ち込んでいるらしい。
視線が泳いでいる。



あー。




「割り勘だからな」
「構わない」




相手は滋賀井統乃だし、たまには呑みに行くのも悪くない。
これが兎吊木垓輔だったりしたら断じて断って罵倒してたぶん実際に蹴るところだけれど。





* * *







それなりに値の張る飲み屋の個室。

最早会話はない。
互いに呑んでいるだけである。

というか滋賀井の呑み方は軽く異常だった。自棄呑みだ。一体何があったというのか。
ぼそりと聞いてみると、ぼそりと返された。



「《死線》に」
「あ?」
「《死線》に、なっちゃんって役に立たないんだねって言われた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」




重っ。



 
気持ちがよくわかるだけに、重い。



「もういい私は腹を切る・・・・・・式岸介錯」
「お前酔ったな? もう酔ったんだな!?」


そういえば滋賀井統乃が酒を飲むのを見るのは初めてだった。


「というか、お前何をしたんだ・・・・・・?」
「何も」
「何も?」
「成功もしてないが失敗もしてない。そもそも仕事がなかったんだ。それが、顔見た瞬間に」



それはきつい。同情する。本気で同情する。自分がこの立場だったらと考えると、真面目に切腹しそうな気がした。



「捨てられたらどうしよう」
「大丈夫……だろ。たぶん」
「たぶんなんじゃないか」
「・・・・・・今日は俺のおごりでいいから、呑め」
「呑む」



また注文すると、ぐびぐびと飲みだした。
顔色は変わらないけれど、確実に酔っていた。



つう。




瞳から涙が、零れる。






「っ滋賀」
「何も言わなくていいよ」


表情を変えないのは流石なのかもしれない。
何だかシリアスな感じで、式岸軋騎は軽く居心地が悪かった。



「式岸」




そこでようやく、滋賀井統乃が発言する。








「どうした」
「殺してくれないか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」







思いつめてた。










「式岸ならあっさり殺してくれそうだからね」
「そんな期待もたれても」
「あー」





ころん、と座敷に丸くなる滋賀井統乃。
酔ったらしい。泥酔に近かった。







沈黙が漂っている部屋の中。

携帯電話が鳴った。
名前を見るのも面倒なので、そのまんま電話に出る。







「もしもし」
『もしもしぐっちゃん?』
「ぼ、暴君っ!?」





焦った。玖渚友から電話。初体験。
やばい絶対着信履歴消さないようにしよう。





『なっちゃん見なかった?』
「今目の前で自棄になってます」
『あーそっか。そこどこ?』
「暴君のマンションの傍の飲み屋です」
『あああそこ。うん、ちょっと待ってね。そこから出ないで。出たら殺すよ。後なっちゃんが自殺しないように守ってあげてね』
「分かりました」





そこでふと視線を上げて滋賀井統乃を見ると。
ビンを振り上げて叩き割ろうとしてた。




「っ止めろお前!」
「止めるな式岸」
「お前が死んだら俺が暴君に殺される!」
「ぼう、くん?」





滋賀井統乃は疲れた瞳をこちらに向ける。




「今の電話、《死線》から?」
「ああそうだよ。そこから動くなって」
「へえ」





携帯を取り上げられた。





「着信履歴消してやる」
「あっ止めろ滋賀井!」
「止めるな式岸」
「止めるに決まってんだろうがぁあああああ!」





年甲斐もなく本気の絶叫だった。

そのままかなり不毛な押し合いへしあいをかれこれ十分ほど続けて――いや、長いよ。





「仲がいいね。うん、私は友達が仲が良くって嬉しいよ、ぐっちゃん、なっちゃん」






二人の動きがぴたっと止まる。
そのまま何も言われずとも、身体を畏まらせた。






「別に続けたって構わないんだよ?」
「暴君」「死線」
「うん。とりあえずぐっちゃんはお役目ご苦労様。なっちゃんは――」






蒼い少女は笑った。





「嘘ついて、ごめんね」
「え?」






ふらり、と滋賀井統乃の身体が揺れる。






「なっちゃんが役立たずなんて思ってないよ。なっちゃんはいっつもよくやってくれてるよ。ただ、言ってみたかっただけ。言ったらどんな反応するか見たかっただけ。ね、ぐっちゃん、なっちゃんはどんな反応した?」
「・・・・・・死のうとしてました」
「そ。うん、だから私は嬉しいよ。私となっちゃんの友情は永遠だね」
「死線」







崩れ落ちそうになる身体を、慌てて支える。
滋賀井統乃は、心底安心したように――





「ありがとうございます」




笑った。笑ってから、ぽろぽろと泣いた。





* * *








まあ、この話のオチは。
それから何故かやってきた兎吊木垓輔やら綾南豹やらと飲み会が勃発して。
人一人殺せそうなぐらいに酒代が跳ね上がったところで、領収書は式岸軋騎に回されることになったということで。