部屋の真ん中に置かれた、大きなテーブル――その上には、ノートやら教科書やらが散乱している。 その道具の持ち主達は、各々テーブルの周りに座っていた。 まあ、何と言うか牧歌的な、勉強会の風景である。 正直勉強会して能率が上がった所とか見たこと無いけども。 大抵勉強もそこそこにゲームやろうぜゲーム! なオチになるのは見えてるんだけども。 なのに何故彼らはかくも非効率的で効果の薄い勉強会などというイベントに身を投じているのだろう……? 「前置きでいきなりやってる行動を否定するんじゃねえよ!」 「そもそもやらせてんのお前じゃねえか!」 地の文にツッコミを入れてはいけません。 それは空気にツッコミを入れるのと同じことです。 「空気が読めねえよ!」 「これが今よく言われるKYという奴ですね」 「そういう時事ネタは後で見たとき辛いと思うぜ」 「む。それはそうですねえ、そうですねえ、そうですねえ、そうですねえ」 「いいから勉強しようぜ……マジで非効率的で効果が薄くなってる」 「今勉強中ですよ、社会の時事問題の「間違ってもそんな時事問題は出ねえよ!」 「んゃじもかるあい違間」 「んな学校こっちから願い下げだ」 「きゃはきゃは、それあれだな。受験落ちた奴がよく言う言い訳」 「確かに。英語の出来ない者が『俺日本人だから英語なんて!』というぐらいよくありますね」 「それ滅茶苦茶あるってことじゃねえか」 「しかし国語の成績がいいかというと……」 「とるあが字文横えねんかわ訳はにツャシT癖のそもかし」 「ど真ん中にHAWAIって書いてあるTシャツとかってありますけど、あれ外国人から見たら『福岡』って書いてあるようなもんなんでしょうね」 「やけに具体的だな例が……」 だって持ってるもの。 「お前の話なのかよ!」 さておき、状況説明続行。 只今絶賛勉強会中。 面子は例の四人と蝶々さんです。 「例の四人で通じるの!?」 「蝶々浮いてるよなー」 「なら俺帰っていいかな……元の場所にっていうかむしろ元の時代に」 「お前がそんな事言い出したらどうすればいいかわかんねえじゃんかよ……」 何だかぐだぐだになってきたところで、喰鮫が英語の教科書を広げる。 「まあ、とりあえず勉強致しましょう。試験前ですしね」 そして、流暢な英語で発音してみせた。 「『Is this a pen?』『No,it isn't. It is an apple.』」 「………………」 「………………」 「………………」 視線が一点に集まる。 「リンゴとペンってどうやって見間違えたんだよとかいうツッコミ期待してんなら無駄だからな!」 「きゃはきゃは! ていうか喰鮫、これ前テレビでやってた奴だろ」 「それはそうです。まさかこんな初期レベルの問題を今更見たりはしません」 「のなんそろだいなてっ載かういて」 「蝶々のツッコミを期待したのですが」 「俺は参考書の例文にまでつっこむ程ツッコミが好きなわけじゃない」 「そうですか……私本人にしかつっこめないとそう言うわけなのですね」 「何か当たらずとも遠からずな感じするけどその言い方止めてくれる!?」 「『俺がつっこみたいと思うのはお前だけだ』……ですか。おお、うっかりするとほれてしまいそうです」 「止めろつってんだろ! ていうかそんなので惚れんなそれはセクハラだ!」 「日本人は代々セクハラが好きだっつーの」 「あんたらの定義に日本人を巻き込むな……」 「さもでやい」 「ん?」 白鷺が示したのは「サルでもわかる! 古事記&日本書紀!」というやけに腹の立つ題名の参考書だった。 「前から思ってたけど、サルでもわかる! ってこっちを馬鹿にしてるとしか思えねえよな」 「ああ、俺前迷惑メールで来たから思わずPC壊しそうになった」 「しかしこれは中々有名ですよ? 略して『サル記紀』」 「……記紀って聞くと何か身の毛がよだつのは何でだ?」 「るかわ、あ。しるなも俺」 「鳳凰は聴いた瞬間泣いてましたよ」 「何かトラウマでもあるのか……?」 ちなみに四季折々の四季って聞いてもちょっとびくっとなるらしいよ。 前世から繋がるトラウマ。恐るべし。 「で、記紀とセクハラに何の関係あるんだ?」 「イザナギの神イザナミの神の国生みの話は知っていますか?」 「ん、まあ概要だけなら」 「その際にした会話を、現代訳するとこうなります」 喰鮫は胸に手を当てて、一息つくと唄うように言った。 「『なあ、お前の身体ってどうなってんだよ』 『私の身体? あのね、実を云うと、成長したのに足りない部分があるのよ』 『そうか。俺には成長しすぎちまった部分があるんだ……そこで提案何だが』 『何?』 『俺の成長しすぎた部分をお前の成長したりない部分に差し込んだらどうだろ「セクハラだー!」 一応注釈、捏造にあらず。記紀は割と下ネタ多いのです。聖書と似たような感じですね。 意味がわからなかった方、そのままの貴方で居てください。 わざわざ泥沼にはまりたいのなら、グーグル先生に聞くといいと思います。 「まごう事なきセクハラだった……!」 「とるなに拠根の詩台の初最、で」 「短絡的だな!」 「つーか勉強しようぜ……蝶々まで一緒に何やってんだよ」 「……確かにな」 蝶々は自らが開いていた化学の教科書に目をやった。 何で彼らは同じ場所に集っているのにてんでバラバラに勉強しているのだろう。 本気で勉強会のつもりがあるのだろうか。 「………………」 何か言いかけた口を閉じ、かいてある文字列を頭に叩き込む。 挑発には乗らないニヒルな男を演出したいらし「したくねえよ!」 「しかし化学は見ていると何だか哀しくなりますよね」 「ん? まあ確かに一見わけわかんねえ記号の羅列だからな……」 「いえ、そうではなくて」 「……置いていくのね、やっぱり」 「いけないのか」 「何も、言ってない」 「目が言っている」 「そう? なら君は、そう思ってるのに行くのね」 「ああ、悪いが――俺は、あいつと行かなきゃならない」 「まあ、わかっていたのよ――君は何処でだってヒーローだもの……私と違って」 「俺は、ヒーローなんかじゃ、ないさ。人間に言いように使われるだけの、ただの道化だ」 「ヒーローよ。そして君は私といたら、人間に使われすらしない……疎まれるだけ」 「そんなことは、」 「いいのよ。いいわ、さよなら。水素と仲良くするのよ――酸素」 「ああ、炭素。俺は精々、あいつと仲良く水でも作るさ」 「……というドラマが「見えねえよ! 長い割に面白くないんだよ!」 「えねらなに事るてし股二が素炭とるなうそ?」 「ええ、ですから酸素は彼女の元を去ったのですね。ちなみにこの後酸素も水素に二股かけます」 「酷いなそりゃ……」 「やはり彼は炭素のことが忘れられなかったのですね」 「きゃはきゃは、例え二酸化炭素になっても一緒に居たかったんだな」 「……何か切ない話だな……」 「ろだぎす女悪素炭、やい」 「炭素の方が酸素よりもかけている部分が多いのですよ……だから彼女には耐えられなかったのです」 「だからいいってそんな分からない奴には面白くない脳内設定は!」 「あ、でも何か覚えられそう」 「マジで!?」 「そうだぜ蝶々、こういう物語チックにして覚えるのって結構効果あるらしいぞ?」 「そんなもんなのか……?」 「きゃはきゃは、じゃあ川獺、この数式におけるxとyの関係を答えなさい!」 「……比例だろ?」 「ではxはyをどう思っているのでしょうか?」 「そんな物語はいらねえ」 喰鮫は少し考えると、ぽん、と手を打った。 「……そこに物語はあるのだろうか……?」 「ねえよ! だからパロがマイナーなんだよ!」 「この人は何をわめいているのだろう、気持ち悪い」 「アルバム変わった!?」 「それでも私は幸せになりたいのです……!」 「勝手になってろよ!」 本日の勉強会で学んだこと。 やっぱり、勉強は一人でするもののようです。 教育は科学であってはならない―― |