「そう、つまらぬことばかり――言うものではない」

別段如何と言うわけでもない声だった。
冷たい、と形容するのに迷いはいらないその瞳も、平静から何も変わりはしない。


真庭鳳凰。


十二頭領中、唯一存在しえない伝説上の生物の名を持つ男は――『神の鳳凰』に相応しく、そこに君臨していた。



「つまらない? 確かにつまんないでしょうよ。でもあたしから言わせれば、人生なんて殆どつまんないわ」
「おぬしの場合は、つまらないというより――行き詰っただけであろう、狂犬」



返答した女の声だって、さして代わりがあるわけではない。
威嚇するように瞳を吊り上げ、顎を突き上げる――その顔には、否、全身には這うような刺青。


真庭狂犬。


現十二頭領中、真庭の里最高峰と言われた初代から常に頭でありつづけた女は、威風堂々と、仁王立ちになっている。



対峙しあうような構図――否、完全に対峙している構図だった。





「行き詰った、ね――あんたに言われたくないのよん。あたしが行き詰ってるなら、あんたは生き詰ってるわ」
「生き詰ってはいても――逝き詰っているわけではない」
「あら、その言い草だと、逝き詰ってる奴が居る見たいねえ?」
「そんな事は言っていない。それよりもだ、狂犬」


鳳凰は簡潔に、「そこを退け」と命令した。
狂犬は鼻で笑って見せる。


「嫌だっていったら、どうするのよ」
「そんな事は――言わせぬさ」
「なら言ってあげる。嫌よ」


断言した狂犬に向かい、鳳凰は面白くもなさそうに唇をつりあげた。


「あんたここから先に行って、何する心算なの? ……とっても、まともな用件とは思わないわん」
「可笑しいことを言うな、狂犬。我らはしのび――まともな用件で動くことの方が、希だろう」
「まともよ。少なくとも、仲間のために動いてるうちは――ねえ鳳凰、」


狂犬は戸惑うような、迷うような間を作ってから「あんた何する心算なの」と再び問うた。



「……何をする心算、か。それよりも」



柱に拳を打ちつける音がする。







「俺にはあんたらが今何やってるかの方が気になるけどな!」










「「あ、蝶々」」





小柄な拳法家は、疲れきったように壁に手をついた。





「あえて聞いてやるよ聞いてやるさ! あんたら今何してる?」
「……深刻っぽい前置き……否、シリアスっぽいプロロー「何でわざわざ横文字に言い直した!?」





「食堂に向かおうとしたら狂犬に会ったのだ」
「食堂に行こうとしたら鳳凰に会ったのよん」
「それからなんであの三文芝居に発展するんだよ……」


「「だって食事時でもないのに食堂って怪しいこと企んでるとしか「もういいよ何であんたらそんな自滅したがるんだよ!?」





確かに昼飯には遅いし(そして既に食べているし)夕飯には少々早すぎる。
追求しようとしたのが通じたのか、矛先が向けられた。




「そういう蝶々はなんでここにいるのよ?」
「俺は蟷螂どのに話があっただけだよ」
「蟷螂は台所にいるのか?」
「多分いると思うけど」
「「チっ」」
「今小さく舌打したろ!?」




「仕方がない、帰るとしよう」
「そうね、帰りましょうよ」
「あんたら摘み食いしに行く気だったな……?」



二人は揃って首を振った。



「摘み組みなどせぬよ。失礼だぞ蝶々」
「え? あ、違ったのか。そりゃ悪かった」



少しだけ気まずそうに蝶々が頬をかくと、鳳凰は大きく頷いた。




「つままず全て食べる気で「盗み食いには変わりねえのかよ! 俺の反省を返せ!」


「……えっと」
「狂犬どの……?」
「オチ被っちゃっ「お前もか!」


「団子が食べたいのだ」
「小腹がすいたのよん」
「我慢しろよ……あんたらがそんな事でどうすんだよ」
「仕方ないわよ」
「頭領である前に一人の人間だ」
「人間である前にしのびであれよ……!」




しのびの語源は耐え忍ぶ。
しかし出来ない事としない事は同義であっても、出来る事とする事は同義ではないのである。



「仕方ないな……蝶々、取ってきてくれ「あんた今何を妥協してその結論に至りやがった!?」






大事な部分が何も変わっちゃ居ない。
どころか、細部が悪化している。





「最近連日のつまみ食いが祟って、蟷螂の目が厳しくなってな」
「鳳凰の所為でこっちも巻き添えよん」
「この前などとろうとしたらいきなり爪が伸びてきた」
「ああ、被害は甚大だったんだな……」


「「というわけで」」
「じゃ、俺はこれで」




声を揃えた二人に対し、蝶々の返答は早かった。
踵を返し、元来た道を戻る。
その後ろで崩れ落ちる狂犬。




「蝶々っ……! 何よ、あたしとは遊びだったの「前フリはもういい!」



「……序盤で子芝居をやってしまったからな」
「つまんないわねえ」
「面白みは別にいらない……」




「……何をしとるんだおぬしら」
「あ、海亀どの! よくきてくれたなマジありがとう!」
「? 何があった」
「二人がつまみ食い行くっつって聞かねえんだよ……説得を、って海亀どの?」
「何だ蝶々」
「何で目ェ反らすんだ」
「……移ろいゆく季節の景観に目をやりたくなることもある」
「ああ、そりゃ風流だな……で、そのさっきから流れてる汗はなんだ」
「熱いんだ」
「今冬何だが。ていうかあんたは絶対熱くないだろ」
「……何故頭部を見る!?」
「顔見て話してるからに決まってるだろうが!
 反応すんなよこっちが空しくなる!」





狂犬は、大げさに手を広げてみせる。





「なーんだ海亀もおなかすいたんじゃない」
「ふむ。これで四人か「三人だからな! さりげに俺もいれてんな!」




「というかさりげなく珍しい面子じゃのう……」
「ちゃんと意味があるのよ、知ってる?」
「?」
「このサイトで出番の少ないじゅ「そういう事いうな頼むから!」




反応が無い。
見れば三人は、それぞれ腕を組んで話し込んでいるようだった。





「確かに……蝙蝠とか喰鮫とかに比べると少ない気が……」
「少ない気どころか真面目に少ないぞわしなんか……」
「あたし前回出た記憶がそもそもないんだけど……」



「え、いや、そこまで悩まなくても」
「「「ギャグのたびに出番があるお前にはわからない!」」」
「うるせえよ! あんたらがツッコミやらないからだろうが!」




悲痛な叫びは軽く流しつつ、三人は意思を通わせる。






「仕方がないな」
「うむ、仕方がない」
「仕方ないわね」


「「「食堂に行こう」」」
「だからなんでそうなるんだよ……!」







「腹が減っては戦はできぬよ」
「戦しねえだろ」
「敵を知って腹を満たせば百選危うからずだわ」
「己を知ればな」
「三十六計食うにはしかずだ」
「逃げるな!」













「ここ最近つまみ食いもないし、丁度材料も余ったから作ったのだがな」








「あ」
「かま、きり」


「……どうやらいらないらしいな」





いつもどおりの無表情で、片手に団子の入った皿を持ちながら。
蟷螂は、そんな風に言った。






「いや、あの、これは」








言い訳も弁解も聞かず、蟷螂はあいているほうの手を口に当てると、僅かに音を鳴らした。
甲高い、音が成る。





「へ? 蟷螂どの、それは」
「きゃはきゃは、俺の事呼んじゃった!?「どっから出たぁあああ!?」





蝙蝠だから音には敏感らしいよ。





「いや蝙蝠が敏感なのは超音波だろうが!」






「蝙蝠、口を開けろ」
「ん? あ」





串ごと皿ごと丸侭。
大きく開いた蝙蝠の口に、まるで残飯をゴミ箱に捨てるかのように蟷螂は団子を放り込んだ。







「閉じて良いぞ」
「ん」






しかし柔忍者蝙蝠、串ごとだろうが皿ごとだろうが問題なく。
一体どういう仕組みなのか、その身体の中に丸まま収めてしまった。
蝙蝠は首を傾げてから、手を合わせた。





「何かよくわかんねーけど、ゴチ」
「……蟷螂、何の嫌がらせだ?」
「わたしは信賞必罰という言葉が好きだ」
「何だよ鳳凰、出してやろうか?」
「そんな中から出された団子はいらん」
「そんな中って!」
「おなかすいたわ……」
「目の前で消えてしまうと衝撃が二倍じゃな……」
「串ならまだありますが」
「食べられると思われてる!?」






「なあ、あのさ、蝙蝠どの」
「何だよ蝶々」
「もしかして、オチなし?」
「山もオチも意味もな「それは言うな!」




そして誰も気がついていない。
そろそろ夕飯の時間だという事を。
まあ、腕時計なんてないもんね、この時代。







正邪に到る事も無し
(日々くだらなく、だけど全てはオーライな)