まあ、特に意味はないのだけれど、出かける約束をしたのである。



中学生が夜に出歩くなとか、子供は早く寝ろとか。

小うるさく母親のように(と言っても母親にそんな事を言われた記憶はないが)叱りつけ宥め説得されて。

対抗したわけでもないのだが、怒って拗ねて腐っていたら、溜息を吐いて了承された。



明日は日曜日。
口笛は軽くビートルズだったりする。




だから、とにかく、出かける約束をしたのだ。
したのだけれど。





「……なんで、あんた、ここに居る」
「おやおや愚問だね零崎人識君。俺は双識君の友達だぜ? 友達が友達の家に遊びに来ちゃ駄目なのかい」
「友達が友達の家に遊びに来んのは全然構わねえけど、それはその友達があんたじゃなくて兄貴じゃなくて、尚且つ日程が今日じゃなけりゃの話だ」
「いちいち嫌うなあ、どうも」





兎はにやにやと笑って見せた。
助けを頼もうと軋識を見れば、露骨に視線を反らして新聞を読み始める。
そして目があったわけでもないのに、はっきりと意思が分かった。






曰く、俺に話を振るな。







「……そりゃねえぜ大将」
「るせーっちゃ。俺に話を振るな」




そして予想通りである。




「兎吊木さん、お茶ですよ」
「ああどうもありがとう双識君。何だかこうしてもらうと新妻みたいだね」




食って掛かろうとしたら、兎吊木の後頭部に缶コーヒー(一応中は空)が激突した。
缶のやってきた方を見れば、投げた張本人は不機嫌そうに新聞を読んでいる。




「おい街。お前バッター志望なのは知ってたけどエースも狙ってるとは知らなかったぜ」
「誰がバッター志望っちゃか。俺が打つのは球じゃなくて人だっちゃ」
「ちゃんとタマ打ってるんじゃないか。あ、命って書いてタマってルビ振るのは少し古いかい人識君」
「知らねえよ」
「カルチャーショックだね」
「ジェネレーションギャップの間違いだろ」
「君ら相手だったら俺はカルチャーショックで全然構わないと思うぜ?」
「は。じゃあここは異国の鬼達が集う場所っつーことか」






軽く手を振ると、学生服からナイフが二振り。





「かはは、知ってっか、おっさん。余所者っつーのは排斥されるのが世の常何だぜ」
「それは嘘だ。もし本当ならば、君らが排斥されてない筈が無い」
「詭弁はいいっつーの。殺すぞマジで」





本気だった。
目の前でへらへらと笑う男。
殺せる、と思う。


ゆるぎなく確信できた――その上から、今回は苛立ちが追加されている。







だから今日は兄貴と出かけるんだっつーの。






軋識は殺気の篭った人識の様子を察したのか、兎吊木を追い払う仕草をした。






「兎吊木、お前早く出てけ。あいつはマジで殺すぞ」
「心配痛み入るよ街。例えその心配が《死線》の機嫌を損ねるかもしれないところにあるとしてもな」
「うるせえ。お前時々死んでも喋り続けてるんじゃねえかと思うよ」
「俺は壊し屋だからな。死すら壊して見せるさ」
「嘘吐け。《死線》も壊せない奴に死が壊せるか、馬鹿」
「ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねえっ」





苛立ちがピークに達する。

瞬間、駆け出したいというように、足に熱が篭った。

多分、何も考えていなかった。







「…………っ」
「止めなさい、人識」








双識の声。
冷たい声。
何より、哀しそうな声だった。







「止めなさい」







腕を掴まれる。
ナイフを取り落とした。








「……っだよ!」
「そう直ぐ、殺すとか殺さないとか、考えるんじゃない」






仕方ないだろそれが零崎なんだろうが俺たちなんだろうが!






そんな事を言った気がする。
そのまま手を振り払って、部屋に飛び込んだ。
暗闇の中座り込んで、はっきりと悟る。









何何だよあいつに茶なんて出してんじゃねえよ今日は俺と出かけるんじゃなかったのかよ!







言葉に出したわけではない。
何故だか、息が切れた。








「……人識」
「かはっ……ノックぐらいしろ、大将」
「ノックしたってどうせ返事なんざしねえっちゃおめーは。人識、」
「もういい、色々わかってっから何も言うなって」
「俺はお前が割と嫌いなんだっちゃが」
「……大将もしかして俺に喧嘩売りに来た?」
「違う。最後まで聞け。今日の為にお前がどんだけ頑張ってたかは、少しは知ってるっちゃよ」
「……頑張ってたとか言うな、ハズい」
「頑張ってたっちゃろうが。だから、知恵貸してやる」
「大将の知恵とかたかが知れてんなあ……」
「お前本気で可愛くないっちゃね……こう見えてもさほど馬鹿じゃねーっちゃよ、レンなんかに比べりゃ」
「兄貴は馬鹿じゃん」
「……そうっちゃが。まあいい、聞け」





お前は子供何だからそれを一々疎ましくなんか思わねえで利用してみやがれ。







一瞬、意味がわからなかった。




「何だ、そりゃ」
「知らん。後は自分で考えるっちゃ」
「大将も優しいのか優しくねーのかわかんねえよな……」
「言ったっちゃろ。俺はお前が割と嫌いだっちゃ」
「あそ……」







立ち上がって、部屋を出て。
軋識の隣をすり抜けるように、リビングへ。
何となく手を振ってみたりして。







「おや。思春期が帰ってきたな」
「思春期で悪かったな。既に冬到来してるおっさんには羨ましい限りだろうけど」
「まて。俺はまだ夏ぐらいだぜ」
「かはは、冬だ絶対」






談笑していたらしい二人の中に割り込んで、笑ってみせる。







「悪ィけどおっさん、今日は兄貴俺のだから。帰れよ」
「おい人「約束は守るもんなんだろーが」





なら守れよ。大人の事情なんて知らない。








断言すると、双識は肩を竦めて苦笑した。







「というわけですから兎吊木さん、すみませんが、今日は失礼します」
「ん。まあ仕方ないね。年長者としては、若輩に譲るべきだろうな」





そんな風に言って、兎吊木は最後までにこやかに、部屋を出て行く。










「……ほら、兄貴、行こうぜ」
「わかったよ。ああ、手のかかる弟を持った」













そんな風に嘯いて、双識は「はい」と先刻のナイフを人識に差し出した。