「……っん」




艶かしい感触で目を覚ます。
そんな目覚めを迎えるのはこれで何度目だろうか。
数えることすら面倒で、何より辛かった。
愚鈍でいることが、一番利口なやり口のようなのだ。

随分と日の光を見ていない気がする。
ずっと横たわっていたお陰で、平衡感覚が麻痺してしまった。






「おはようございます」
「………………」
「怒ってるんですか?」






前髪の隙間から見える、愛らしい少年の顔。
随分と小さな背丈の彼だったが、自分が床に倒れこんでいる今の状況、常に彼の顔は頭上にあった。






「怒らないで下さい――喰鮫さま」
「怒っていると、思いますか」
「怒っていないんですか?」
「怒るようなことだと、分かっているのですね」
「わかって、います」




でも僕は、運がいいから。
そんな風に少年は言って、喰鮫の髪を優しく梳いた。





「わたしは何時までここにいるのです」
「何時まででも」
「では、帰してください」
「ごめんなさい」





ごめんなさい、できないんです。
泣きそうな声でそう言ってから、彼は再び、何度も、謝った。




「人鳥……っ」




冷たい、小さな手の感触が頬に二つ。
食い込みそうな程の強い力で顔を固定され、舌が素早く侵入してくる。





「ごめん、なさい」






真横にある彼の瞳か、つうと涙が零れた。







「人鳥」
「ごめっな……」



「お前の、好きにしなさい」




「え?」
「苦しいなら、全て」





吐き出してしまいなさい。



ぎゅ、と掴んだ手に力が篭った。








* * *










「っ……ん」



くちゅり、と淫らな音が流れる。
撫で回す様に白い肌を触ると、筋肉が緊張するよう固くなった。
熱を持ってきた身体は仄かに汗ばんでおり、手の動きに従順に反応する。



「っ!」



指をゆっくり差し込むと一瞬苦しげに顔をしかめ、それに躊躇した自分を安心させるよう、彼は微笑んだ。





どうしてこの、状態で。
こんなに綺麗に、笑えるのだろう。




羨ましいよりも妬ましいよりも、ただ哀しさと愛しさだけが溢れてきた。
そう思うと彼よりも自分の方が顔を歪めてしまう。



ゆっくりと指を掻き混ぜ、抜き差しを繰り返す。
自らの手を翳すように見つめると、指から腕に、とろとろと汁が伝った。
卑猥で不愉快な匂いで空気が満たされていく。




「行き、ますよ……?」
「っえぇ……」




彼の瞳に最早恐れはなかった。
身体が強張る――恐れているのは自分の方だ。





彼を監禁して幾日か。
拘束し、自由を奪って――そんな事をして。



それでも彼は、自分を許そうとする。











怖い。












「人鳥」





大丈夫ですよ、と彼は言った。
立場がまるでちぐはくで、滑稽なのに笑えない。







「…………っ!」






ゆっくりと挿入して、それでも。

矢張り彼は笑っていた。








* * *













「人鳥」
「ごめんな、さい」
「人鳥」




泣かないでください。



零れた涙を拭うように舌を這わせ、喰鮫は言った。
自らの目から流れている液体など、気がつかないとでも、いうように。








天使の箱庭
(一人で並べた世界に、)(求めた人があったのだ)