ぐい、と首を掴んで引き寄せる。
噛み付くように口付けると、男は酷く呆れたような顔をした。

「しらさ」

言いたい事などとっくに承知だったので、更に口付ける。
少し見下したように目が細まり、男は自ら舌を絡ませてきた。
誘われるに任せて深く深く接吻をかまし、漸く放した時には息が切れていた。




「白鷺ってさ、割合勝手だよな――」
「………………」





意図的に無視をすると、わざとらしい溜息が隣から聞こえ、腕が体に絡んできた。
鬱陶しかったので叩き落せば、また溜息が聞こえる。




「なあ――お前さ、俺の事好き?」
「いなゃじき好」
「じゃあお前、俺の事嫌い?」
「………………」




意図的な無視と言うわけではない――答えられなかったのだった。
好きじゃないのはわかっている。
しかし何故だか、嫌いと断言したくも無かった。





蝙蝠は沈黙の意味を詮索したさそうな間を空けて、それから結局それを止めた。
その代わりに、白鷺から一歩離れて立ち上がる。





「なら、俺の邪魔すんなっつーの」
「………………」
「川獺とかその辺と話してる時、やけにつっかかってくるからさ」


嫉妬してんのかと思ったら、ただの嫌がらせ?




笑っているような声だった。


それでも、自分は答えない。
否、答えをそもそも――持っていない。





「じゃあ、いいや」
「……蝠蝙」
「今だって喰鮫と話してたとこなのわかってんだろうが――戻るわ」





着物がすれる音がする。
堪えきれずに声を上げた。




「蝠蝙!」
「何だよ」





返ってきた言葉は、まるで自分が呼び止めることなど見透かしていたようだった。






嗚呼、負けてしまっている。






今更なのかも知れないが。









「ぞるてっ狙前お、対絶ついあ」
「それが?」
「っらかだ」
「それで何で俺が困るんだよ?」




困んないじゃん、と平然とした声がする。


心底苛ついた――こいつといると、いつもだ。
何時だって神経を逆撫でされ、何時だって気持ちが落ち着かない。






「喰鮫が俺を狙ってるとか、あんまマジだとは思えないけどさ――例えそうでも、困んないじゃん」
「前おっ」






腹が立つ。
虫唾が走る。

振り返ってみれば、男はとうに向こうを向いて、今にも部屋から出て行きそうな雰囲気だった。
こちらが見ているというのに、相手はまるで無関心なようだ。







嗚呼、騒騒と。
騒騒と、胸が荒む。






「んな声出すなっつーの――何、お前。俺がお前のこと好きだとか思っちゃってる?」
「っ…………!」
「それ、勝手じゃねえ? 何だよそれ。自分は好きじゃないとか言うくせに、俺はお前が好きだとか言っちゃうわけ」



勝手っつーより、我侭だよな。



餓鬼。
そういわれた気がした。






「何でそう思う。口付けしたから? 抱きついて来るから? そんなの別に、お前じゃなくても「止めろ」




お前じゃなくても。
その続きは、聞きたくない。





したい事などわからない。
されたい事もわからない。
ただ、したくない事とされたくない事だけが――あった。




衣の裾を――掴んで、引き止める。





「なくいて出」
「……何で?」
「らかだ嫌が俺」
「ふうん。何で俺はお前に従わねえといけねえの」
「よだらかだき好、とこの俺が前お」



餓鬼みたいな、台詞だと思った。




「……身勝手だっつうの――」






甲高く笑う声がして、とん、と再び座り込む音がした。
裾を掴んだ手は外す時期を逃し、何となくそのままだった。






「他に何かして欲しくないことあるか?」
「なん喋とら奴の他、まんあ」
「他の奴らって」
「鮫喰に特。くべるなも獺川後」
「きゃはきゃは、無理だろ」
「がうろだんてっつっまんあ」
「そーですね。他は?」
「なるす対絶は吻接、りたいつき抱」
「心配しなくてもお前以外しねえよ」
「か当本……?」
「まじまじ」
「よだんるえ言事なんそで何」
「え? 俺がお前好きだからじゃねえの」





適当な答えだった。
それでも、答えない自分よりはマシなのか。





「白鷺さーん」
「よだ何」
「お願いの割に、誠意がないんじゃね?」




面白がるような声音。

苛々する。






「嫌いじゃない――普通でも、ない」
「…………あっそ」





この辺が限界か?

そう言って、男は自分の頭を優しく撫でた。








「きゃはきゃは、よくできました」
「なんで撫」






矢張り苛々するけれど。
騒騒する感じは――なくなってしまって、いた。